AI時代の泳ぎ方

AI時代のリスキリング論

tom's eye 100. 発展途上国でカーシェアはどのような影響を与えるか(クルマの未来)

今、インドのバンガロールという新興都市に来ている。

ここでも、他都市と同じくそこかしこでウーバーのステッカーを貼った自家用車が走っている

 

経験して見たらわかるが、ウーバーは利用者側から見るとすこぶる便利だ。特に、旅行者や出張者にとっては気兼ねなく、色々な場所に行き来できる。そこの所は絶対善だ。

 

運転者側から見るとどうだろう。

多くの人の「タクシー運転手の個人事業主化」 か「配車サービスを生業としない個人の副業化」を促進している。

これが多くの雇用を生んでいることは確かだし、副業という儲け方をしていなかった人には+αの儲け口が現れ、以前より懐はあったかいことだろう。

 

しかし、いずれ需要と供給は均衡する。当然、ドライバー同士の競合が起こり、コスト競争も起こるだろう。

 

自動運転車化して、さらに生産効率を高めるという次のステップに行けるかというと、そうは単純にはいかないだろう。

 

何故なら、写真のように道路のインフラは全く整っておらず、雨が降ると冠水し、かつ交通ルールを無視したカオスな運転がはびこっているからだ。非常に高度な自動運転車ができない限り当分無理だ。

 

しかし、自動運転社会=スマート社会に向けての一番大きな阻害要因は、自動運転車=AIが普及し、多くの運転者の雇用を奪うという流れは、人口の多い新興国では決して容認できないことだろう。

 

その時はどんな社会になっているのだろうか。

 

結局は、生産効率は高いが、依然労働集約型の産業がそこにあるというだけかもしれない。

 

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